戦後最大
 自然破壊

松木渓谷

松木渓谷

  いま、足尾では、山を緑に戻すために、さかんに植林が行われている。100年以上の時を経て、現在のような荒れた山になった足尾に木を植え、短期間に人の手で甦らそうという計画なのだろうか。
 100年で壊した自然が元通りになるには、100年以上の時間がかかる。いや、それ以上かもしれない。しかし、どんなに時間はかかっても、自然は確実に元に戻ると信じたい。いや、信じるべきではないだろうか。
  たとえば、桜があるときれいだろうな、紅葉があると秋は美しいだろうな、そんな考えで植林をすることは、足尾の山を壊した人たちとたいして違わないように思うが、私の考えが間違っているのだろうか。いずれにしても、いまの状況から見ると、あと10年あるいは20年したら一大観光地になるだろう。それが目的で山を造っているのなら、私の意見はよけいなことかもしれない。
  しかし、これだけは自覚してしておいて欲しい。あくまでも人工林であり、自然林ではないということを。杉林や檜林、あるいは竹林などと同じように、人工林はつねに人の手を加え続けなければいけない。人工林はいってみれば、白菜やキャベツやニンジンやジャガイモなどと同じように栽培作物なのだ。自然林とはここが決定的に違う。
  足尾は、近代文明社会になって最初に発生した公害の原点である。足尾銅山から流出した銅の化合物(亜酸化鉄、硫酸、カドミウムなど)は渡良瀬川下流域の人々を苦しめ、銅の精錬により排出される有毒ガス(二酸化硫黄など)は足尾の山の木々を枯らした。とりわけ、精錬所の煙の流路のような地形になっていた松木渓谷の被害はひどかった。 この事実を緑で覆い隠すようなことだけはしてはいけない。たとえば、日本は戦争をした国である、という事実は隠せないように、鉱毒事件を消しゴムで消すようなことだけはしてはいけない。原発事故だってそうだ。おおい隠したりしてはいけない。

栃木県日光市足尾 松木谷渓谷にて

じゃまだからか? 自生している木などいらないのか、松木渓谷に多く見られるアキグミの木が伐られていた。ほかにはヤシャブシ、あるいはカバノキ科のミズメのような木が自生している。これらも植林する人たちにとっては、じゃまな木なのだろうか。

山を緑に戻すため、植林が行われている。木は植えればいいというものではない。その土地に適した木を植えるのが正しい。春は桜がきれいだから、秋は紅葉が美しいからといって植林をすることは、山を自然に戻すこととは違っている。

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松木渓谷の反対側の 
 中倉山から見ると

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