地名を考える
あらためて我が故郷の地名を考えてみた   ・・・・・・・・・・ 岡山県新見市千屋実

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・・・・・・・・・・以上、故郷の地名

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  私の生まれた村である。この地図はマピオンのものを使用させていただいたが、このエリアのなかに、6つの字がある。それぞれの字には5〜15軒ほどの家がある。全体ではここだけで約50軒、120人前後の人が住んでいる。さて、この地図中に7つの赤字で書いた地名がある。厳密にいえばもっとたくさんあるはずだが、記憶をたぐりながら記入したのでごくわずかだ。それぞれ説明してみたい。

▲ドンデン:漢字ではどう書くのか知らない。カタカナで書いているが、これとて正確かどうかもわからない。しかし、この山が見える6つの字の人たいはみなそう呼んでいた。標高は750m前後のはずだ。
  ドンデンという名の山は、いまわかっているだけで、新潟県の佐渡にある。観光地にもなっているようだから、ご存じの方もあるかも知れない。海抜約900m.。佐渡の場合もカタカナで表記してある。したがって、表記からは共通点は見えてこない。およそ1000kmも離れた地に、まったく偶然におなじ地名がついたといえなくはない。
  もし、柳田國男の説(その土地を行き来する不特定多数の人に共通した名)だと、どこかに、なにか共通点があるはずだ。ちなみに、私の故郷は江戸時代中期から砂鉄の産地として知られていた。いまも多くの砂鉄採取の跡が見られる。一方の佐渡はいわずと知れた金の産地だ。とりあえず、砂鉄産地と金の産地を憶えておいて欲しい。
  さて、ここからは推理だ。私の故郷に浩ちゃんという先輩がいた(いまはない)。この浩ちゃんと話していたとき、「わしゃあ思うんで、ドンデンいうのは妙な地名だよな、漢字では書けん。だけどこれが炉殿だったらどうだ、漢字で書けるだろう。むかし、砂鉄を溶かして鉄の塊にするのに炉があったと思うとるが、どうだろう」
  そくざに私は賛同した。炉があったかどうか確証はないが、すくなくとも炉に関わりがあると思えたからだ。一方の佐渡の場合も炉に関わりがあったと考えられなくはない。佐渡方言に、「どうにもならない」ことを「ろもならん」という。「そうだけど」という言葉が「そうらけも」となる。「〜たち」という言葉だ「〜らち」になる。
「ろ」が「ど」に変化しても、おかしくはない。
  同様に私の故郷でも「ろ」が「ど」に変化した可能性はすてきれない。「ろでん」→「ろんでん」→「どんでん」とだ。以上、だいたんな推理をしてみた。

オドロ;現在、ここには事務所のような資材置き場のような建物が建っているが、私が子どものころは水田だった。いまもほとんど水田だ。道路はそのころついていなかった。むかしは、タキバナと呼ばれるところが岩山の突き出したところで道などつけられなかったからだ。いまは起重機などを用いて岩を砕いて切り通しにされてバイパスが通じている。
  この、おどろおどろしい地名は実は危険地名なのだ。おそらく、むかしは高梁川が大きく左に曲がり、タキバナにぶつかり渦を巻いて淵となっていたにちがいない。つまり、大瀞(おおとろ)だったのだ。あるいは、洪水のたびにあふれた水が瀞をなしていたのかもしれない。タキバナに近い田んぼは更田(ふけだ=深い田)だった。ちょうど三日月湖にあたる部分だったからだろうと思われる。

フタゴゼ:漢字で書けば二子瀬。ここは洪水のたびに流露がかわった土地だったのだろう。下手にあるマガリブチは音読みのごとく曲がり淵でUターンをするように川が曲がっている。大水が出るとここにぶつかった水がフタゴゼのあたりであふれて、いくつもの川になっていたのかもしれない。二子瀬と書いているが、二子どころか三つ子、四つ子になったのかもしれない。いずれにしても危険地名だ。

ドイノシタ:漢字をあてはめると「土居の下」だ。「土居」とは、土を盛ってつくった堤の意味から転じて土豪の屋敷のこと。たしかに地形的には台地になっていて、その上手の「千屋実」の字のあるあたりは字名が「馬場」で、おそらく馬を走らせていたのだろうといわれている。土居の下は通称「じじんさん」とも呼ばれ、「地鎮の神」が祀られ、馬頭観音があった。ちなみに、いまもそうだが土居には弓の矢の材料になる「矢竹」がはえている。このことから出城のようなもの、あるいは砦があったのではないかと私は考えている。