地名を考える
あらためて矢切周辺の地名を考えてみた   ・・・・・・・・・・ 千葉県松戸市下矢切

・・・・・・・・・・以上、矢切の地名

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 地図は平面である。二次元の世界だ。ところが、地図に記されている地名を読むと、その二次元の地図は三次元にかわる。つまり立体になるのである。地名はだから番地では表現できない部分を補っているといえないだろうか。
  この地図は、現在の矢切の地図に旧地名を赤字で書き込んだものだ。不動産屋はたいがいこうした旧地名を書き込んだ地図をもっている。もし、土地を探している方は、ご覧になるといい。
  上の地図を中央から縦に半分にしてみる。中央を南北に流れるのが坂川である。いまは坂川と書くが、昔は逆川とも書いたといわれている。江戸川もこの辺りは海から15kmほどしか離れていない。したがって、海水の干満の差がこの辺りまである。満潮の時間帯に大水が出ると、たちまち川はあふれて逆流する。そこで誰いうともなく逆川と人々は呼んでいましめていた。下流に水門がつくられ、護岸工事がなって坂川に巨大なU字溝が埋められ、氾濫をしなくなってから逆川は坂川になった。
  その坂川の東側、地図では右半分にあたるが、旧地名を読んでいくと、右側に「台」の字のつく地名が縦に連なっているのがわかる。そのものずばり、坂ノ上、坂上の地名が示すように南北に台地になっていることが読みとれる。その台地の左側(西側)には、大場作、北耕地などの地名がみえるが、これらは開発地だ。湿地帯を切り開いたか埋め立てるかして水田にしていたのだろう。逆川の水があふれることを覚悟しながら稲作が行われていたものと考えられる。
  坂川の左側、地図的には西側ということになるが、「沼」の字が目につく。これは文字どうり沼地を意味する。本来なら耕作に適さない土地だが、坂川の氾濫を防ぎ、江戸川に堤防を築くことで水田として利用できるようになた。昭和30年代から始まった東京の地下鉄工事の残土捨て場として利用されたせいで、水田は一分を残して埋め立てられ、いまはネギ畑になっている。ネギの収穫は冬なので、春から秋にかけては主にキャベツが栽培されている。地図の地名からはこれらのことはわからないが、かつてどのような土地であったかは、旧地名を見ると判読できる。液状化現象が起こっても不思議ではない土地だということもわかる。