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  牛がやって来ると、子どもたちはこうして“かべ”に登ってよけた。
  昭和30年代のはじめのころの光景です。画面右側の子どもたちの足下には、谷川から流れる「いで」と呼ばれていた用水路があります。いつも、たっぷりの水をたたえて流れていました。それだけではありません。幅50cmほどのこの用水路にもヤマメの幼魚、ドロバエと呼ばれるアブラハヤ、ドジョウ、それらを餌にするウナギが夏になると上ってきていました。
  いまはドジョウさえいなくなりましたし、なにより真夏には水さえなくなります。雨の量は昔とそれほど変わりません。なにが変わったかといえば、山が変わりました。牛を飼っていたころは、刈草山といって牛舎に入れる敷きわらがわりの茅を刈る山があり、薪をとったり炭焼き用の雑木をとる山がありました。これらはいま、すべて杉林になりました。杉林には保水力がありません。雨が降れば降っただけ流れ、すぐに洪水になります。降らなければ、たちまち干上がってしまいます。自然は大きく変わりました。