植物はふつう光合成により生きる。太陽の光を浴び、それをエネルギーにして水と空気中の二酸化炭素(C
O2)を使って炭水化物をつくりだし、栄養分として生きている。このときに余った酸素(O)を空気中に排出する。これが森林のもつ大変に重要な役割である。だから森を守れ、緑の山を保護しろと言う声があがるわけだ。
  さて、それはさておきサイハイランの場合、笹の葉ほどの葉1枚から1茎だけ伸びてその先端に無数の花を咲かせるので、光合成だけでは栄養不足だとされている。したがって、土中の菌類から得ているのではないかと推測されているが、まだ不明な点が多い。自生するラン科の植物にはこうしたケースが多い。だから家に持ち帰っても育てられないからヤメロと言われるのだ。盗るのなら写真だけで我慢すべきだ。と言っても無理かな・・・・・。

ラン科サイハイラン属の多年草。漢字で書くと「采配欄」。戦場で大将が兵を指揮するときの采配に似ていることからつけられた名。痩せても枯れても蘭の仲間。愛好家たちに盗掘され、いまは絶滅危惧種になったいる。自宅の庭や鉢に植えても根づかないのに、自分だけは根づかせてみせるという人がいまも絶えない。

撮影:2012年6月16日

撮影:2012年5月5日

二本の杭が立つ左側は遊歩道、杭の右側が雑木林。現在、工事中で杭は取り払われている。はたして林中に生えるサイハイランは生き残ることができるだろうか?・・・・・・

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最初に見たときには筆のようだった。これが花ならガッカリだなと思いながら再度訪れてみると、みごとに花が開いていた。

  サイハイランは腐生植物だそうだ。花は枯れてしまった。花が枯れると茎までが枯れてくる。これは想像だが、一本の茎に対して一枚の葉っぱしか持たないのは、ひょっとしたら葉っぱは車でいえばスターターなのではないだろうか。葉っぱを先に出し、光合成で栄養分をつくり、そのエネルギーで茎を伸ばし、花を咲かせる。
  腐生植物の代表的なものにはギンリョウソウ、オニヤガラ、ヤマラン、ヒナシャクジョウ、ホンゴウソウなどがあるが、これらはいずれも葉緑素を持たず葉っぱも持たない。持つ必要がないのだ。そのてんでは一枚だけでも葉っぱを持つサイハイランは、さきに言ったように葉っぱがスターターの役目を担っているのかもしれない。
  もし、この推理が当たっていたら、植物とはいえすごい知恵だ。あとは土壌のなかに潜む共生菌から栄養をもらっている。こういうのを腐生植物というそうだ。

奇妙な植物だった。里山の木立の中。ときおり木漏れ日が差すだけの陽当たりの悪い谷間の窪地に一枚の葉っぱにひと茎立ち、その先端に蕾のようなものがあった。

サイハイラン

撮影:2012年5月23日

  その奇妙な植物に会ったのは5月の5日のことだった。茎からはおよそ花らしいイメージはなかった。それだけに、どんな花が、いつ咲くか興味は尽きなかった。
  およそ2週間ぶりに訪ねてみた。数本の茎の立っていた辺りを目指して行ったが、林内の整理とかで重機が持ち込まれていた。行政のやることは、私には理解できないことが多い。江戸川の堤防に自生していたマツバウンランも、草刈りが行われるときれいに刈り取られ、後かもなくなくなってしまった。あれと同じ運命なのか? 私は危惧した。
  5月23日、割り箸を突き刺したように伸びていた茎の先端からはすでに咲き終わったものもあったが、何本かは花をつけていた。それも満開だった。
  笹の葉のような一枚葉からこんなにたくさんの花が咲くのが不思議だった。半日陰で一枚の葉では、光合成もままならにだろうに、これだけの花を咲かせるには、なにか秘密があるのかもしれない。