【ススキ】イネ目イネ科ススキ属ススキの多年生草本。
  いっけん雑草のようにみえてこれほど有用な植物はありませんでした。まず家をたてるとき屋根を葺いたし、雪国では雪囲いにもしました。ほんの半世紀ほど前、炭焼きが行われていたころは炭俵もススキで編んだものです。
  以前はどの家でもススキ山をもっていて、秋も終わりごろになるとススキ刈りをしたものです。葦簀(よしず)もススキで編むことができました。

  子どものころはススキの茎で弓矢をなんぼんもつくって遊びました。いまは名前を思い出しませんが鏃(やじり)には肥後守(ひごのかみ=むかし鉛筆削り用にもっていた小刀)でかんたんに切れる木をつかいました。たぶん空木(うつぎ)でしょう。弓は竹を割ってこしらえた記憶があります。稲刈りが終わった田んぼで飛ばしっこをするのです。ススキはそんなところでも役立ちました。

  ススキはおおくの歌にもうたわれています。大正時代に発表されて大ヒットした『舟頭小唄』があります。新しいところでは『昭和枯れすすき』という曲もはやりました。

船頭小唄(枯れすすき)
   野口雨情(1882〜1945年)
   中山晋平(1887〜1952年)


おれは河原の枯れすすき
おなじお前も枯れすすき
どうせ二人はこの世では
花の咲かない枯れすすき


死ぬも生きるもねえお前
水の流れに何変わろ
おれもお前も利根川の
船の船頭で暮らそうよ


枯れた真菰に照らしてる
潮来出島のお月さん
わたしゃこれから利根川の
船の船頭で暮らすのよ


なぜに冷たい吹く風が
枯れたすすきの二人ゆえ
熱い涙の出たときは
汲んでおくれよお月さん


どうせ二人はこの世では
花の咲かない枯れすすき
水を枕に利根川の
船の船頭で暮らそうよ


「昭和枯れすすき」

山田孝雄作詞・むつひろし作曲


貧しさに負けた
いえ 世間に負けた
この街も追われた
いっそきれいに死のうか
力の限り 生きたから
未練などないわ
花さえも咲かぬ 二人は枯れすすき

踏まれても耐えた
そう 傷つきながら
淋しさをかみしめ
夢を持とうと話した
幸せなんて 望まぬが
人並みでいたい
流れ星見つめ 二人は枯れすすき

この俺を捨てろ
なぜ こんなに好きよ
死ぬ時は一緒と
あの日決めたじゃないのよ
世間の風に 冷たさに
こみあげる涙
苦しみに耐える 二人は枯れすすき

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日本人の感性をこれほど物語る植物はありません。なぜか、日本人はススキを見て美しいと感じるのです。『幽霊の正体みたり枯尾花』の諺のように、良くも悪くもススキは人々の暮らし密着していました。

ススキ(尾花)

  それほどきれいでもないし、花のように艶やかでもないのに、むかしから日本人はススキを珍重する。たとえばお月見といえば、ハギなどと共にススキの穂を飾る。
  秋の七草にも入れていて、別名、動物の尾にみたてて尾花とも呼ぶ。


 虫の音も ほのかになりぬ 花すすき
      穂にいずる宿の 秋の夕暮れ

                    金槐和歌集 源実朝


 山は暮れて野は黄昏の薄かな 
                        与謝蕪村