「おーい そろそろ行くぞ〜」
お爺さんが ぼくを呼んだ。
濡れてもいいズボンをはき
ゴムぞうりを引っかけると 
ぼくは外へ飛びだした。

ぼくのうちの田んぼは
川から水を取り入れる水門に 
いちばん近かったから
毎年 水門を閉めるのは
お爺さんの役目だった。

そうきは 持ったか?
バケツを手に お爺さんが言った。
「うん 持った」
ぼくは そうきを 
頭の鉢に引っかけて かぶった。

隣の家のお婆さんも バケツをさげ
庭先に立ち こっちを見ていた。
「お爺さん 早すぎるが〜」
走るたんびに かぶったそうきが 
バコンバコン 尻にぶつかった。

あとから お婆さんが
曲がった腰を 伸ばしのばし
走ってきた。
あちこちから
爺さん婆さんが 湧いてきた。

毎年 秋になるとやって来る
今日は 田んぼの水を落とす日。
ぼくが小学校にあがるまでは
魚捕りの日だとばかり思っていたが
学校の先生に教わって 二百十日だと知った。

岩手のほうでは なんでも 
風の又三郎という子が この日やって来たそうだ。
井出干しを知ってかしらずか、オニヤンマが水溜まりに産卵していた。そのあと、卵がどうなるのか、子どものころのぼくは知らなかった。いまも知らない。

都会の田んぼの水落としは、魚はもちろんだが、ザリガニも大変だ。水が減ってくると、一カ所に集まって、どうしよう? とでも相談しているのだろうか。そのあと、どうなるのか、ぼくは知らないふりをする。

最近の井出干しは早まった。田植えが5月連休になったから、田んぼの水落としも繰り上がって8月になった。川が変わり、ダムが出来て、遡上するウナギなども捕れなくなった。つまんない………。
九月の想い出

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※そうき=竹で編んだザルのこと。

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