戦後最大自然破壊

ご覧のように上の写真の崩壊部分に生えていた木は杉である。右の引いた写真を見れば全体像がわかるが、崩壊部分の中央に取り残されたように木が残っている部分には南紀特有の樹木があって、そこが崩壊せずに島のように残った。これを見ても、いかに人工林が災害にもろいかがよくわかる。そのまんま東ふうに言うと「なんとかせんならん」だ。

三重県紀宝町のこの集落は、日本の里100選にも選ばれた美しい集落だったが、土砂崩れにより長いあいだ孤立していた。いまも爪痕が生々しく残っているが、元通りの緑の山に戻るには、あと何年かかるだろうか

土砂崩れの跡

採石場の頂上も崩壊

出現した2筋の涸れ川

いきなり誕生した新しい滝

  2011年8月25日、マリアナ諸島付近で発生した台風12号は、8月末に小笠原諸島付近に停滞し、19日には大型台風へと発達して高知県に上陸し、岡山、鳥取と通過して日本海へと抜けた。台風の動きがゆっくりだったため、太平洋の湿った空気が吹き込み、西日本から北日本にかけて多くの雨を降らせた。
  とりわけ台風の中心から東側に位置した紀伊半島では、総降水量は広い範囲で1,000mmを超え、奈良県上北山村にあるアメダスでは72時間の雨量が1976年からの統計開始以来の国内の観測記録を大幅に上回る1,652.5mm、総降水量は1,808.5mmに達した。
  9月2日、和歌山県では冨田川、日高川、日置川、熊野川などが氾濫し、多くの被害をもたらした。以下は、現地の人が語った当時の模様である。

「それはすごい雨でした。あんな雨はこれまで60有余年の人生のなかで経験したことがありません。どんな雨かって、バケツをひっくり返したという言葉がありますが、本当にバケツをひっくり返すとこんな風になるのかと、初めて知りました。それが4日も続いたわけですから、たちまち川の水かさが増え、あふれてきました。5mはあったでしょうか。さいわい家はかさ上げされた所に建っていたので被害はありませんでしたが、そうでなかったところは、軒並み床上浸水にあいました」
  川が氾濫しただけではなかった。山肌を一気に流れ落ちた水は、各地に土砂崩れをもたらし、いたるところに新しい滝をつくった。人が切り崩して道路でもつけようものなら、たちまち自然破壊だと非難されることがあるが、そんなものなどとは比較にならないくらい自然の猛威は大きかった。道は寸断され、村が孤立して連絡さえつかない集落が各地に出現した。
  甚大な被害は想定外? の雨が降ったせいだが、ここに掲載した数枚の写真を見てもらえばわかるが、ほとんどの箇所が杉の林であった。杉や桧の林が土砂崩れになることは、これまでも多くの人が言っているし、見てきたはずなのにいっこうに手がつけられていない。山が崩れたらコンクリートで補強し、川が氾濫したら堤防をかさ上げすればいいという考えが主流だ。
  もちろん土木工事が出て喜ぶ人もいるだろうが、いつまでもそんなことでは問題は解決しない。早急に杉や桧などの人工林対策を考えてもらいたいものだというのが現地の人たちの意見だった


   

古座川の支流 小川にて

熊野川の場合

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いまは何事もなかったか
のように川は流れていた