いまでも家に帰ると竹串をつくり、炭火をおこす準備をして、はえ釣りに出かけます。釣って帰ると腸を出し、串に刺して炙ります。昔は、立派な蛋白源になりました。

ぼくは 学校から帰ると
かばんを 上がり口に 放りだし
やす鉄砲と 水中眼鏡を持って
川に向かって 駆け出した。

今日の予定は ジャッコ 三十匹
できれば 白と黒とを半々に ほしい
ウナギが どっちを好きなのか
ぼくには わからなかったから。

それと ぼくの 記憶力では
目印の 小石をのせておいても
まちがいなく しかけを上げられるのが
せいぜい そのくらいだったからだ。 

学校から帰ってきて 餌のジャッコを捕り
全部のはりに つけ終わり
暗くなるまでに 川のようすを見ながら 
仕掛けを終えるのは けっこう忙しかった。

七月になれば ぼくのスケジュールは
うなぎの仕掛けを上げてきて
釣れていたら きれいに背開きにしてから
学校に飛んで行くのだった。

だれも うなぎ釣りをせいとは いうとらんのに
夏のうなぎ捕りは ぼくの仕事だと思っていた。
ほうほう よう釣ってきたのうと 
大人が喜んでくれたからだ。

ぼくは 夏は 大人になったような気分だった。
 

正面が小学校。いまは残念ながら廃校になってしまいました。手前右に少しだけ車庫の屋根が見えるのが、ぼくの育った家です。釣りをした川は写真左手に少しだけ見えます。夏になると、ここを飛び歩いたものです。

これがウナギの餌になりました。「ごり押し」と言って、柳の枝を束ねたもので下流から追い上がり、待ち受けていた筵に受けて捕まえました。流れに逆らうことからそう呼んだのでしょう。昔はたくさん捕れました。農薬を使う前の話です。
七月の想い出

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