竹も大根や白菜などとおないじように栽培植物である。だれかが植えなければ、自然に生えてくることはない。その意味において杉や桧と似ている。
  栽培植物である以上、こまめに管理する必要がある。ところが、杉や桧とちがって換金作物ではないので、伐りだして売ることはまずない。せいぜい筍を掘って売るていどだ。管理しない竹林は人が立ち入ることもできないほど密になり、立ち枯れたり風雪で倒れたりした竹が複雑に交差して人の進入を拒む。
  竹は石油化学製品が登場するまでは、生活に欠かせない材料だった。樋をつくり、笊や籠をつくり、建築資材にもなった。家がまだ100年も200年ももつ物だった時代、竹は土壁を塗る際に欠かせない骨組みであったし、床材や垣根などに利用された。したがって、どの家でも昔は屋敷の周囲に植えていた。
  時代が移り、人々の考え方が変わると、竹は見捨てられた。土地を棄てて人が去るとき、竹林はそのまま放置された。いま、地方を歩くと、山の中腹に点々と竹林が残っているが、それはかつて人の往来があり、屋敷があり、人の暮らしのあったことを物語っている。
  竹の寿命は種類によって異なるが、おおよそ100年前後といわれる。一生にいちど花を咲かせ、枯れる。それまでは、ひたすら根を広げ、筍を生んで広がっていく。多くの植物は、光が当たらないと伸びられないが、筍は貪欲なまでに光を求めて伸び、ときには人家の床板を突き破って生えることがある。まして筍を欠く人間がいなくなった竹藪では野放図に広がってるく。
  やっかいなのは、地下に網の目のように広がった根だ。竹藪の中には他の植物の生存を許さない。草木一本も生えない。そのために保水力がなく、降った雨は大地に吸収されることなく地表を流れていく。洪水の原因になる。そんな竹が、土砂崩れの防止のために河川の湾曲部に植えられているのも皮肉だ。あるいは、地震が起こったら竹藪に逃げ込めといわれるが、網の目のように張った根が地割れを防いでくれるからだと信じられている。しかし、他の植物と共生できない竹は石油化学製品がでたいまは役立たずになて見棄てられてしまっている。

戦後最大
 自然破壊

竹林 その1

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  長野県上田市丸子