この竹林は、江戸川によってえぐられた河岸段丘の傾斜地、上の村と下の村とを隔てる帯状の緑地帯のなかにある。傾斜地に植えられた孟宗竹は、左右に広がり、南は道路によって止められ、北は石段によって止められている。
 おそらく、コンクリートなどなかった時代に、斜面の崩落を防ぐために植えられたものと思われる。それと同時に筍を食用にする目的もあっただろう。適度に筍を掘り、竹林を管理していれば、上の写真のようにはならかったはずである。
 ご覧のように放置していたものだから、本来あった樹木を枯れ死させて広がっていって、いまや傾斜面を埋め尽くす勢いだ。さいわい傾斜面のところどころに上の村と下の村とを結ぶコンクリート製の階段が造られているので、それが根の広がりを止めていて、今以上には広がっていない。竹は根を伸ばして繁殖する。


 竹は栽培植物であることを知っておかないと、大変なことになるのは良寛さんの歌でもわかる。

  良寛さんは五合庵    筍にょっきり 床の下
  頭がつかえて 可哀想  ここからおいでと
  丸い穴 とんとことんとこ開けたとさ〜〜♪

 むかし、小学校の3年生ぐらいのときだったと記憶しているが、墨染めの衣を着てこの歌で踊ったことがある。こういう童謡があったのだろう。筍が床下から頭を出してきたので良寛さんはかわいそうだと思って床に穴を開けてやった、という歌である。 
 筍は家を崩壊させるほどの力をもっているのである。

戦後最大
 自然破壊

竹林 その2

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  千葉県松戸市下矢切

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