主人公「フーテンの寅」こと車寅次郎は、父親、車平造が芸者、菊との間につくった子供。実母の出奔後、父親のもとに引き取られましたが、16歳の時に父親と大ゲンカをして家を飛び出したという設定でした。第1作は、テキ屋稼業で日本全国を渡り歩く渡世人となった寅次郎が、家出から20年後、突然、倍賞千恵子が演じる母親違いの妹の「さくら」と叔父夫婦が住む、生まれ故郷の東京都葛飾区柴又の柴又帝釈天門前にある草団子屋に戻ってくるところから始まります。

 撮影が開始されたのは昭和44年でした。柳の葉の状態から、おそらく5月ごろだったろうと思われます。先代の杉浦正雄舟頭がまだ40代の初めではではなかったかと思われます。
 

  懐かしい矢切の渡しに乗りました。当時はいまほど有名ではなかったので、客は寅次郎ひとり。懐かしそうじゃござんせんか、と思ってよくよく見ると、不安そうにも見えます。
 余談ですが、背後の舟頭さんが身につけている紺色の胸当ては「どんぶり」といいます。胸のポケットに 博打で儲けたお金を放り込んだことから「どんぶり勘定」という言葉がうまれました。そのときの博打はチンチロリンでした。

 寅さんのトレードマークといえば、革の鞄に帽子に、チャラチャラ歩く雪駄でした。しかし、第一作では、まるでゴルフシューズのような靴をはいていました。
 そういえば、いまどき雪駄をはいた人といえばお相撲さんぐらいではないでしょうか。ひところは、その筋の人といえばたいてい雪駄でしたがいまはそんな人はいません。

  この画面だけ大きくしたのは乗舟賃が書いてあったからです。昭和40年代までは大人30円、小人30円でした。いまは大人100円、小人50円です。
 


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