シャボン玉 飛んだ〜    バブルは消えた〜 壊れて消えた

  私が矢切に越してきたのは、ちょうどバブルが弾けた1998年の4月だった。 そのころの矢切には、いまより住宅の数が少なく、新住民も少なかった。ちょうどバブルが弾け、その元凶だった土地の値段が適正価格、あるいはそれ以下に下がったことで新住民たちが家を建て始めるわけだが、一方ではひと儲けしようと土地を握り込んでいた人たちの多くは泡をくってしまった。その結果、夜逃げであったり、こうした生き物たちの放棄であった。
 そういえば私が越してきたころの矢切には、たくさんの乗用車が捨てられた。その乗用車がやがてボロボロに打ち壊されていくのであるが、最初に窓ガラスが破られ、内部のカーステレオなどが持ち去られ、最後に4つのタイヤがリムごと持ち去られて足をもがれた亀のようなかっこうになっていた。リムが高く売れたのだそうだ。
 そしていまほどホームレスが多くなかった。交通事故にあって怪我をした右手がよくならなくって和菓子職人を首になった萩原(故人)という男が、矢切畑の窪地に小屋風の物をつくり居座っていた程度だった。あれから10数年たったいまは、10人以上のホームレスが橋桁の下などをねぐらに暮らしている。

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