神郷町釜村↓

2000年10月6日の「鳥取県西部地震」の
          轍を踏まないように!!


 災害救助法の矛盾に泣いて耐えた人々がいた

 鳥取県西部地震では政府はいちはやく被災地に災害救助法を適用した。
以下に、厚生労働省のホームページを転載する。

  ・・・・・・厚生省社会・援護局保護課 災害救助対策室 ・・・・・・・
鳥取県西部を震源とする地震により、鳥取県米子市、西伯郡西伯町、日野郡日野町、日野郡溝口町、境港市及び西伯郡会見町において多数の者が生命又は身体に危害を受けるおそれが生じたこと、また、島根県安来市及び能義郡伯太町において住家に多数の被害が生じたことから、鳥取県及び島根県は災害救助法の適用を決定した。

被 害 の 状 況 等
10月6日13:30頃、鳥取県西部で地震が発生し、今後、新たな被害が予測されることから、米子市、西伯郡西伯町、日野郡日野町、日野郡溝口町、境港市及び西伯郡会見町においては多数の者が避難し、避難所を設置している。

災害救助法適用市町村(法適用日 10月6日)
【鳥取県】米子市(よなごし)/西伯郡西伯町(さいはくぐんさいはくちょう)/日野郡日野町(ひのぐんひのちょう)/日野郡溝口町(ひのぐんみぞくちちょう)/※境港市(さかいみなとし)/※西伯郡会見町(さいはくぐんあいみちょう)
【島根県】※安来市(やすぎし)/※能義郡伯太町(のぎぐんはくたちょう)
〈注〉※は今回適用分<平成12年10月11日(10:00)に追加で適用された。 説明/藤原>

●災害救助法の矛盾

左上の写真を見てほしい。画面中央の白く輝いている部分は高梁川であ

る。左に道が白く延びているが、この道に沿って代城川(だいじょうがわ)が

ある。画面中央の「伯耆曾根」の文字が見えるとおもうが、鳥取県側の大地

がここまで川に遮断されることなく延びてきているのだ。ここは鳥取県ではな

い。岡山県新見市千屋だ。

  鳥取西部地震の揺れは、鳥取県の県境を越え、岡山県新見市の千屋地

区(この写真の場所)にも被害を与えた。ところが、災害救助法は、市域の

なんパーセント以上が被害を受けていないと適用されない、というので法に

見放された。おなじように、県境に沿った旧大佐町、神郷町などでも地震の

被害がでたが、やはり同様の理由で法は人々を見捨てた。

  災害は県境だとか市域とは無関係に襲い来るのだ。そのことを、行政や

国はしっかりと認識したうえで被災地の復興にあたってほしい。

伯耆曽根↓

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 中央、白く光るのが高梁川、緩やかにS字を描いているのが国道180号線(バイパス)である。左手に延びる道路沿いの集落は代城地区。道は神郷町へ通じ、中国山地の脊梁を縦断して走る。代城地区はいまも中世の宮座が守られていて、多くの研究書も出版されている。
 写真に文字を入れておいたが、代城地区に画面右手から迫っている山塊を伯耆曽根(ほおきぞね)と呼ぶ。鳥取県(伯耆)から続く大地は、高梁川と代城地区を流れる代城川で分断される。
 つまり、画面左側の山塊は山陽側の大地、右が山陰側の大地とうことになる。ちなみに写真を撮った剣森山は山陽側に属する大地である。
 高梁川に沿って上流(画面右)およそ20kmが旧千屋村(現・新見市千屋)だ。江戸時代後半ごろから和牛の産地として知られるようになった。現在、千屋牛(ちやぎゅう)として知られるこの牛のルーツは、実は画面にも記入しておいたが神郷町釜村の竹の谷地区にある。
 竹の谷の豪農(?)難波千代平が、四代にわたって優秀な子牛を母子交配させ、形質を固定化させた優良牛が、「竹の谷蔓」と呼ばれる種牛として多くの子孫を中国山地の脊梁の村々一帯に広めた。


千屋代城のとうや行事(風俗慣習)
 この地が中国山地の脊梁部の旧焼畑地帯に含まれており、とうや行事に際して里芋・大豆・大根の神饌が供えられ、かつそれが直会に用いられる。

剣森山 1034.5m