中央、白く光るのが高梁川、緩やかにS字を描いているのが国道180号線(バイパス)である。左手に延びる道路沿いの集落は代城地区。道は神郷町へ通じ、中国山地の脊梁を縦断して走る。代城地区はいまも中世の宮座が守られていて、多くの研究書も出版されている。
 写真に文字を入れておいたが、代城地区に画面右手から迫っている山塊を伯耆曽根(ほおきぞね)と呼ぶ。鳥取県(伯耆)から続く大地は、高梁川と代城地区を流れる代城川で分断される。
 つまり、画面左側の山塊は山陽側の大地、右が山陰側の大地とうことになる。ちなみに写真を撮った剣森山は山陽側に属する大地である。
 高梁川に沿って上流(画面右)およそ20kmが旧千屋村(現・新見市千屋)だ。江戸時代後半ごろから和牛の産地として知られるようになった。現在、千屋牛(ちやぎゅう)として知られるこの牛のルーツは、実は画面にも記入しておいたが神郷町釜村の竹の谷地区にある。
 竹の谷の豪農(?)難波千代平が、四代にわたって優秀な子牛を母子交配させ、形質を固定化させた優良牛が、「竹の谷蔓」と呼ばれる種牛として多くの子孫を中国山地の脊梁の村々一帯に広めた。


千屋代城のとうや行事(風俗慣習)
 この地が中国山地の脊梁部の旧焼畑地帯に含まれており、とうや行事に際して里芋・大豆・大根の神饌が供えられ、かつそれが直会に用いられる。

神郷町釜村↓


伯耆曽根↓

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剣森山 1034.5m