2011年8月29日(月)
 自分の権利しか主張しない日本人
今日は学芸会のような
日本の総理大臣選びがあった。
それも大事だがもっと大切なことがある。
出勤時間の矢切駅前。
脇道から出てきた出勤の車と
駅へ急ぐ人と車がぶつかった。
正しくは出会ったというべきか。
すると、駅へ急ぐ人がひょいと手で
車のボンネットを押さえながら通った。
そこへあとから来た人も前を通る。
うしろにまわればいいものを
外国人ならそんなとことはしない。
車は前に進むものだから轢かれたら
自分の責任だと知っているからだ。
日本人は自分の権利しか主張しない。

2011年8月28日(日)
 いい外れってあり?
今日は天気予報がはずれた。
でも、だれもそうは思わない。
だって、晴れたんだから。
一昨日までは雨が降るはずだった。
だから前倒しをして
土曜日に矢切に下りた。
ところが一夜明けると晴天。
たとえいいほうだって
天気予報がはずれては
困る人がいるはずだ。
どうして雨が降ったかなんて
解説なんかどうだっていいから
たとえいいほうであっても
はずれないでほしい。
お願いだから。

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世界は
  ぶつぶつ

※六校=岡山の第六高等学校
 公取り=公正取引委員会 

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時々 ぶつぶつ

2011年8月30日(火)
 どじょうはどじょう

郷土の先輩に六校の“どんじょ”と
異名をとった人がいた。
やはり柔道部だった。
体はさして大きくなかったが
寝技が得意で対戦相手からは嫌われた。
後に東大を出て公取りにはいった。
俳人の永田耕衣は
 泥鰌浮いて鯰も居るというて沈む
という句を残している。
新しく総理大臣になったお方も
柔道部ご出身らしい。
やはり寝技が得意だったらしいが
ご本人は得意ではないとおっしゃる。
嫌われたくないからだろうか。
それとも鯰もいるよといいたいのか。
いまのところ金魚をライバルにしている。

2011年8月27日(土)
 十分と十分
言葉は耳で聴くもの。
漢字は目で読むもの。
にも関わらず日本語の用法には、
おかしなものがある。
たとえば、
「十分で十分」
などは耳で聴いたらわかるが、
目で見ただけでは、
意味がわからない。
国語の読みのテストに出たら、
きっと迷ってしまうだろう。
「じっぷんでじゅうぶん」が正解だが、
どうして十分で充分では
いけないのだろう。

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